2004年12月07日

「流転の王妃・最後の皇弟」

日本では、たいぶ前に放映されたようだが、
こちらで、2夜連続で放送されたものを見た。

私はあまり歴史に詳しいワケじゃないけれど、
「さとうきび畑の唄」に続いて、こっちで見る日本版戦争映画
毎回、こういった戦争映画を見るたびに、胸をつまされる思いに駆られる。

私が生まれるたった数十年前の出来事。
愛し合う家族が、時代の流れに翻弄され、
望んでもいない別れの数々。
家族だけではなく、友達との止むに止まれぬ別れ。
今の時代ではあまり考えられないことが、あの頃には本当に起きていた。

今でも、アメリカと中近東との抗争を思えば、決して平和な世界ではないけれど、
今、私を取り巻く環境は、いたって平和で、
明日、明後日の自分や家族、友達の運命が外からの力によって翻弄されてしまうかもしれない。
なんて日々は送っていない。

ある日突然、自分の父が、弟が国からの指示として連れ出され、
そして、二度と会えることがない。
楽しい時を過ごした友達と、ある日を境に、一生会えることがない。
そんなことが、当たり前に起きていたあの頃の日本。

決別させられる。とは、まさにそういうことである。

今の日本では、あの時のように愛国心と称し、自ら死を選ぶような人々はもう居ないだろう。
逆に言えば、家族や友達を思うがあまり、自分を犠牲にするという人もあまりいないのかもしれないけれど・・・。

でも、今こうして自分の意志で、何年も離ればなれに家族や友達と暮らしている私にとって、
もう2度と彼らと会えることはないのかもしれない。なんて思わされない時代に生まれ、
本当に良かった。と、
こんな映画を見るたびに、つくづく思う。

予期せぬ事故、病に倒れるなどで、似た様な状況は常に起きかねないけれど、
あの頃のように、大きな圧力によって、
自分の意志とは関係なく、引き離され、会えなくなる。と言うことは、ほとんどない。
今のイラク情勢のことを含んで話し出すと、必ずしも私の話していることは真実ではないから、
今私の置かれている状況に対してのみ話させてもらうとすれば、
今、様々な国の社会が発展し、
海外暮らしも、さほど遠い国へ住んでいる。と感じられなくなってきた。
社会が発展したことによって、
人々の目は、もっと先の発展を見るようになった。
豊かになったことによって、
人は、あの時のように、生きていさえすれば。と言うような、
死活的な問題ではなく、もっと先の自分の豊かさへ自分たちの生き方を向けられるようになった。

でも、時にはそれはとても傲慢で、強欲で、くだらないことにさえ思える。

今の時代と、あの頃を比べて、今こうして豊かに普通に生きていけることを感謝して。
なんて言うのは、きっと難しいことかもしれないけれど、
せめて、こうしてこんな映画を見た時だけでも、
バラバラに遠く離れて暮らしていても、
家族や友達が元気で生きていると言うことの確信が持てる今の時代を、
そして、そんな当たり前のことが、当たり前じゃなかったあの頃の人たちのことを、
心のどこか片隅に、またちゃんと置き直したいと思う。

せめて、こうして今日、こんな風に思えた自分の心を、
大事にしようと思う。

posted by vwbus78 at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きると言うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/1221329

この記事へのトラックバック